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全100件の内、新着の記事から20件ずつ表示します。 1  2  3  4  5  |  《前のページ |  次のページ》 

お盆のお墓参りのこと

 投稿者:好奇心者  投稿日:2007年 8月14日(火)09時34分24秒
  書物によると、「お盆の8月13日には自宅の庭先で迎え火を焚いて、先祖の霊をお墓から自宅へ迎え入れ、8月15日か16日には送り美を焚いて、家に迎えた霊をお墓に返す。」とありましたが、そうだとするとお盆の墓参りは不要だと思いますがいかがでしょうか。もとろんお盆の前にはお墓へ行って霊が自宅へ帰りやすいように掃除をしておくことは必要だとおもいますが。  

返信です

 投稿者:全雄  投稿日:2007年 6月15日(金)19時37分19秒
  五百籏頭様、再就職ご苦労様でございます。また機会がありましたら、お気軽にお立ちより下さい。

檀家A様、お鈴は拝むものではありません。ですから、魂が入っているというようものではありませんから、新しい物を買われたら、古い物は仏壇の下の戸棚にでも入れて下されば結構です。

たとえば仏壇を新しくされて、開眼をなさるというような場合には、新たに仏像や掛け軸などの仏様に性根を入れるという意味で拝むわけです。仏壇はお寺の本堂に当たるのですから、本堂が新しく再建されたような場合に落慶法要を盛大に行うのと同じ意味合いで、仏壇の開眼と言っているのです。仏具などは特別拝む対象ではありませんから、普通に品物を取り替えるのと同じと考えられたらよろしいかと思います。
 

御鈴について

 投稿者:檀家A  投稿日:2007年 6月14日(木)13時54分28秒
  我が家の仏壇の御鈴が古くなったので、新しいものに取り替えたいと考えておりますが、この古い御鈴には魂が入っているものなのでしょうか。もし魂が入っていれば、自分で勝手に取り替えるのではなく、住職に魂を入れ替えてもらう必要があると思いますが、全雄様のご意見を賜りたいと存じます。  

(無題)

 投稿者:五百籏頭 孝行  投稿日:2007年 6月12日(火)18時52分2秒
  了解です。如何なる説も原典にあたってみるべきだと思います。私どもも古寺巡り
参加したいのですが この四月より再就職しまして 最後の御奉公かなと まだすこしは役に立つ事ができそうです.では又御拝面の時を 五百籏頭孝行
 

般若心経私見

 投稿者:全雄  投稿日:2007年 6月12日(火)17時58分15秒
  お元気ですか。ご無沙汰しています。実は、明日から、日本の古寺巡りシリーズ番外編で、永平寺と那谷寺、竹生島に参ります。

ところで、「般若心経私見」は、随分前に、なるべく心経が出来た時代の仏教徒の知識から解釈してみようと思い立ち解説らしきことをしたものです。もとより十分なものではありませんが、いわゆる日本の大乗仏教徒の見解ではない解説としてお読み下さるとありがたいと思います。後の人たちが後の仏教の展開の中から解釈したのではいけないのではと思ってあれこれと調べ、書いてありますが、改訂しなくてはいけない部分も多々あるようです。

ナマステ・ブッダの「仏教の話」の中にありますので、どうぞ、ご覧下さい。

http://www7a.biglobe.ne.jp/~zen9you/pada/singyo.htm
 

般若心経のこと

 投稿者:五百籏頭 孝行  投稿日:2007年 6月11日(月)18時41分50秒
  御無沙汰致して居ります。住職のひとりごと いつも楽しみにしています。国分寺たよりに掲載されています 般若心経からのメッセージ 読み返しています 全雄師の般若心経私見 出来ましたなら拝読いたしたく よろしくお願い致します。 五百籏頭孝行  

仏教伝来ということ

 投稿者:全雄  投稿日:2007年 6月 5日(火)07時38分55秒
  ゆりゆりさん、はじめまして、とても内容の濃いブログを紹介してくださり、ありがとうございました。早速読ませていただきました。

仏教伝来の実際の経緯は、今となっては定かではありません。様々なその当時の資料もいろいろな思惑のもとにあるものと考えます。ただ、優れた知識、知恵というものは、低いところに流れ流れて必ず弘まるものです。

当初百済から辿り着いた仏教と言われますが、その前に必ず、多くの渡来人から西からこういう教えが弘まっているという情報なり確かなものが伝わっていたと学者先生方の本にも見受けられます。そう言うことだと思います。正式にはこうだけれど、その前にかなり弘まっていたと。

国家仏教が、その後様々な思惑のもとに展開されていくわけですが、それも一つの表層に過ぎず、そうした過程を経て、国民に浸透して、未だに仏教は生き続けている。確かに、本来の仏教の目的を逸脱したものであったことは確かでしょう。

それもこれからの時間の中で次第に修正訂正されて本来の仏教が姿を現し、今までの仏教を凌駕する時代が来るはずです。それは加速度的に今の時代ですから弘まっていく。その為にどうあるべきか、伝統仏教を信奉する人々は、そのことを深くわきまえるべき時期に来ていると考えています。
 

仏教伝来は、渡来人の陰謀であった!

 投稿者:ゆりゆり  投稿日:2007年 5月31日(木)14時30分32秒
  初めて書き込みします。ゆりゆりです。(*^^*)
ところで、皆さんは、仏教伝来が渡来人の陰謀であったことをご存知でしょうか?
ゆりゆりは、知ってしまいました・・・
「この国の原型(仏教伝来)」を読んでみてください。
   ↓
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/?blog_id=2098137
 

お墓について返信

 投稿者:全雄  投稿日:2007年 1月26日(金)08時22分12秒
  お墓についてのご質問ですが、お墓というのは単なる遺骨埋葬所ではありません。仏塔を建立するということです。仏塔は、故事に習って、仏教のシンボルとして造るものですから、それはいつ造られてもいいわけです。自分の功徳になるものですから。

つまりお墓は、亡くなった方に仏塔を建立する功徳を手向けるために作るものなのです。だからお墓を造り埋葬する意味があるのです。単なる埋葬の記念石なら高いものを造る必要はありません。それこそ自然葬というようにどこかに撒いてあげればいいのです。

問題は自分の気に入った墓という言葉です。どのようなものをお考えか分かりませんが、その方が仏教徒で、仏教徒としての生き方をされているなら仏教の教えにそったものにすべきだと思います。

ご参考までに、塔婆や仏塔について書いた拙文をご覧下さい。

http://blog.goo.ne.jp/zen9you/e/2f0afb9c39ffcc5cf5ceebd403c7ab60
 

お墓について

 投稿者:高野聖人  投稿日:2007年 1月24日(水)13時57分44秒
   生前に自分の墓を建てることは、仏教的に見て問題ないことでしょうか。
 ある人は、生前に自分の墓を建てると早死にすると言う人もいますが、子孫に任せるのではなく、生きているうちに自分の気に入った墓を建てたいという希望もあります。
 全雄様のご意見を賜りたいと存じます。
 

五百籏頭様

 投稿者:全雄  投稿日:2007年 1月14日(日)15時36分56秒
  ご丁寧にこちらに書き込み下さいまして、ありがとうございます。昨年9月に再開した掲示板の初めての記事です。これまで随分、テーマ外の記事が多く、暫く停止しておりました。

どうぞ、またお気軽にお越し下さい。私もまだまだ勉強も修行も途上ではありますが、皆さんともどもに学んでいきたいと思っております。こちらこそ今後とも宜しくお願いします。
 

初めてのメール

 投稿者:五百籏頭 孝行  投稿日:2007年 1月13日(土)15時43分45秒
  昨日は仏教懇話会に参加させていただき有難うございました。国分寺たより 住職のひとりごと、愛読いたしております。これをご縁に今後とも何卒よろしお願いいたします。 2007-1-13  いおきべ たかゆき  

再開します

 投稿者:全雄  投稿日:2006年 9月14日(木)08時51分19秒
  約半年間休止していた掲示板を再開いたします。

この掲示板は、ホームページ「仏教を学ぶ人のためのインド仏教通信・ナマステ・ブッダ」にお越しになった方のための仏教全般に関する質問や様々な悩み、疑問を解消するためのものです。その他の内容については今後削除させていただきますので、その点御理解の上ご利用下さいますようお願い申し上げます。管理者
 

ホームページアドレスが変わります

 投稿者:全雄  投稿日:2006年 4月13日(木)06時35分1秒
  NTT・Bフレッツに回線変更のため、ホームページアドレスが変わりました。

新しいアドレスは以下の通りです。これまでのアドレスは4月6日で使用期限が切れておりますので、宜しくお願いします。

ナマステ・ブッダ http://www7a.biglobe.ne.jp/~zen9you/

以上
 

ホームページアドレスが変わります

 投稿者:全雄  投稿日:2006年 4月 2日(日)15時46分34秒
  NTT・Bフレッツに回線変更のため、ホームページアドレスが変わります。

新しいアドレスは以下の通りです。これまでのアドレスは4月6日で使用期限が切れますので、宜しくお願いします。

ナマステ・ブッダ http://www7a.biglobe.ne.jp/~zen9you

以上
 

苦しみはバカ正直にやってくる

 投稿者:水谷亮治  投稿日:2006年 3月30日(木)23時55分9秒
   こんばんは、水谷亮治です。すべては、必然である、と、いいますので、このメールも、そうである、と思います。昔の人は、荒れ狂う自然を治めるために祈祷していました。そして、祈祷の中心人物は、悟りを開いていたと思います。そもそも、菩提心とは、苦しみをあじわった人が、持つものだと思います。自分が救われたら、みんなも、と思うのが自然なことでしょう。修行完成者には、やはり、自然が、味方してくれるのだとおもいます。                   僕はこれからの世界情勢が、楽しみです。だって、なるようにしかならないのだから。     仏とは善のかたまりだとおもいます。                          今は、科学万能の時代。核の平和利用が叫ばれています。たいへんありがたいことです。それが、かなったら、私達も、私達の先祖も、喜ぶことでしょう。その時、宗教は、心の戒律になるでしょう。宗教も、科学も、必然と生まれてきたのです。本当は、自然がそれらを生んだのです。我々は、自然の一部なのです。                                 そこで、私はあることに気付きました。私が、髪を洗うから、その日が、雨じゃなくて、気象がわたしに、そうさせるのだと。さらに進んで、僕がいるんじゃない。僕がいるようになっているんだと。僕がいるって、変じゃないですか? 僕が、自分の力でいれますか?世界に、いさせてもらっているのでしょう。ぼくがいるようになっている。世界と僕とのやくそくです。誰にも、おかされません。                                        僕は今、無我に関心があります。今、自分の我を、見つめることができるようになりました。以後、どうすればいいでしょうか。                              あとひとつ。仏教では、正直で人間的な人間をどうみますか。  

インドサールナートにもう30年近くおられる後藤恵照師からのメールに返信

 投稿者:全雄  投稿日:2006年 3月23日(木)06時53分36秒
  びっくりしました。こちらこそ、ご無沙汰しています。なかなか、もうインドまで行けなくなりまして、寂しい限りですが、こうしてメールがやり取りできるとは急に近くなったようでありがたいことです。サンジャイやラーマラーマなど皆んな元気にしていますか?

山田さんはその後、音信不通になっています。大塩さんはたまに連絡してこられます。大法輪に御陰様でご縁が出来、昨年後半から日本仏教史について書かせてもらいました。中山書房の親父さんも元気になったようです。

考えますと、色々なことの原点にインドがあり、私にとっての大きな転換点にカルカッタのバンテーはじめ、恵照師があったと思っています。本当にお世話になったままで申し訳ないことだと思います。この26日にはお涅槃会があり、稚児行列が出ます。今度お越しになるときには、滞在期間があえば是非法要にもご出席下さい。またご連絡いたします。ありがとうございました。全雄
--
 

ご無沙汰しています

 投稿者:後藤恵照  投稿日:2006年 3月22日(水)22時25分47秒
  私のところでもEメールが使えるようになりました。機会がございましたら連絡してください。昨年の日本訪問では大変お世話になりました。今後とも宜しくお願いします。  

本日はありがとうございました。

 投稿者:加藤理一(へんろ加藤)  投稿日:2006年 3月20日(月)22時58分12秒
  本日昼過ぎに、ネクタイ背広姿でカメラを首にかけてお参り、読経をさせていただき、納経をお願いした者です。私、加藤理一と申します。市内の高校で非常勤講師をしながら夜は塾の講師をしています。仏教に興味を持ち、お四国へんろと高野山詣でを通して多くのことを学びましたが、まだまだ学び足らないので2巡目を歩いております。来月第2金曜日はおそらくお四国の空の下で修行していると思いますので、5月の第2金曜日はおじゃましてお話を伺い、勉強したく考えております。
 私は、いやなことや悩み事があるとお寺へ行くことにしています。本堂で読経をすると心が安まるような気持ちになります。安易にいやなことから逃げているような感じもするのですが、手を合わせて般若心経や光明真言を唱えると不思議と心が安まります。このような動機でお寺にお参りするのは誤りかもしれませんが…。
 またふらっとお参りさせてください。

http://d.hatena.ne.jp/henrokato/

 

この世はあるべくしてある

 投稿者:憩いの田舎家管理人  投稿日:2006年 2月14日(火)11時24分35秒
  全雄様の言われるとおり「この世はあるべくしてある」のですね。法華経を学び、これを体得して私は自分の不幸な生い立ちに対する怨念を消し去ることができました。徳永さんの警告は警告として、自分に出来ることをしていくことが大事と思っています。

http://www.geocities.jp/cosmiceyes2004xyz/

 

以上は、新着順61番目から80番目までの記事です。 1  2  3  4  5  |  《前のページ |  次のページ》 
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