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高橋様、『釋雲照』を入手なされたようで、祝着に存じます。ところで
住職のひとりごと 2010年06月26日 14時00分07秒 |
雲照律師『仏教原論』(P40~P44)に学ぶ わが国における仏教の価値での全雄様の解説と
そこにつけられた私のこめんとをお読みになられたでしょうか?
http://blog.goo.ne.jp/zen9you/e/8517cb54f7c2eb70739f46cab0c7e3b2
そこのの内容は私が直に調べたものなのでで、市販の本には載っておらず、Net検索では住所と電話番号以外は出て来ないものです。
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雲照さんの目白荘園での活動に関して私は真言宗関係者しか知らなかったのですが、以下に興味深い記事をみつけましたので参照していただけたらと思います。
http://abukuma.us/takuki/11/ashoka3.htm
ここで言及された京都西明寺はたしか慈雲尊者所縁の寺だったような朧げな記憶があります(要確認)。
明治以降の日本での仏教と倫理の関係に関してかいつまんで概説されている本:末木文美士『仏教と倫理』に雲照さんの活動のことが全く触れられていないので、先生は沈さんの師匠なのに何故ですか? と理由をお伺いしたら、原稿の締め切りまでに資料が集まらなかった故との事でした(彼がまぬけなわけではない)。要するに真言宗の大勢によってそれだけ埋もれさせられているということです。
ほかに読むべきものとして
◯草薙全宜『雲照大和尚伝』(大覚寺刊行。出版部があるが責任者が仕事を怠けて復刊しないので、古書で探すしかないのが現状です。しかし全宜様が宗門の役員あるいは宗務総長か門跡にでもなられれば、事情は一変することを私は保証します。それまでお待ち下さい。)
著者は直弟子であったというブランドを最大限に利用して宗門で力を持った人。少なくとも行動からみる限りは彼が門跡になった大覚寺で雲照律師の志を引き継ごうとは露程も思っておられなかったみたい。雲照さん所縁のお寺に自分に近い人を送り込もうとして軋轢を起こした彼だけのせいではないですが、雲照さんの門弟同士の仲もよくなかったようです。しかしともかくも彼は大覚寺に財政的には寄与したので、境内には草薙堂という名のお堂が立っている。時代劇で時々映る。でも何故か雲照律師の弟子だという記述がない。煙たいのか?http://www7a.biglobe.ne.jp/~zen9you/pada/bknews21.htmには彼に関する言及がある。
◯浅井 證善『別所栄厳和上伝』(大阪:東方出版、2005)は雲照さんの高野山時代の兄弟子であり事相の師匠(古安流と仁和御流において)の一人でもあった栄厳和尚の伝記ですが、雲照さんに関する言及が随所にみられるので、お読み下さい。
ただし、真言宗僧侶の平均として彼のことをあまりよくは書いていない恩知らずな人なので、その点は御斟酌なさることが必用かもしれなです。 なほ直接の言及はないものの<時代錯誤で頑迷で出しゃばりな爺さん>といった業界の世評(無神論者な中江兆民の臨終間近での祈祷の押し売りをしたという中傷、事実は中江の家族に頼まれたから赴いただけ)を検証もせずに受入れているような観があるのは、彼の勉強不足といったところでしょうか。
雲照律師の想いを具体的にを知る為には彼が往時の長栄寺(今はへんてこな法人名を持つ単立の世襲商売寺院なので要注意!)で慈雲尊者の正法律を学んで復活させた「正法運動』 {沈仁慈『慈雲の正法思想』東京:山喜房仏書林 、2003)での用語}を抜きには考えられない。
一言で言うと<在家者への十善戒の普及運動>です。慈雲尊者のことを知らねば雲照律師の考えは判らないことは気に留めておかれるべきである。授戒とは規則を与えることの前提として三宝との結縁という意味があって、戒に従った生活をすることで三宝(密教的には如意宝珠と菩提心と連関)を心身の中に維持できるという働きの方が重要みたいです。だから一般人が書物を読んで実行するではなくて、お坊さんからの儀式による授戒が必用ということになる。それ故に道徳ではなくて宗教です。輪廻を信じない者には授戒は成立しないです。それだからこそ雲照さんは授戒が可能な僧侶を形作る働きがある「律」に拘ったのであって、決して形式主義者・規律主義者だからではない。蛇足ながら真言宗・天台宗僧侶にして輪廻を否定する者たちの事相は全て消滅しているので、彼らの全ての行為が越法罪です。「大乗精神が律にとって代われる」(かつては天台宗の一部の者の考えにすぎなかった)などと言っている者たちも。勿論、弘法大師からはとうに破門されている筈です。
上記の『別所栄厳和上伝』の著者が数年前にあった慈雲尊者御遠忌に当て込んで書かれた『真言宗の清規』(高野山出版社, 2005、誰でも購入可能)を読めば、著者は戒律について問題意識が低い平均的な人物であることがよくわかる。それにしてもあの御遠忌の時期の真言宗僧侶たちの醜態ときたら「慈雲ブランド」を己の利益に利用しようとしたごくちんけなご面相をした少数の不心得者(長◯寺の◯◯や西大寺の患部である奈良の元◯寺の文珍師匠モドキ)のおかげで宗門の中の心あるインテリ系の人々が企画した千載一遇の機会だった御遠忌事業自体が瓦解してしまうということに至って今の真言宗の構造的な弱さを露呈したおそまつきわまりないものでしたが、それでも一定の成果は得られたみたいです。
その中でも最も重要なのは京都大学の井狩弥介名誉教授(ヴェーダ祭式研究の権威)の尽力で『梵学津梁』の電子化が後に完成したこと。たとえあまちゅあであっても研究者(日本に伝わった資料に基づいた梵語文法の帰納的な再現研究なので、梵語(サンスクリット語)に精通していることは必須)は高貴寺や京大に問い合わせれば、利用することが可能です。
ところで、雲照律師を顕彰なさっている肝心な全雄様は正法律に限らず四分律でか有部律ででも十善戒や八斎戒を有縁な在家の人にいつでも授戒する備えを整えておいででしょうか?
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